自然で安全な重曹生活。
その限りない魅力を、ナチュラル生活研究家の岩尾明子さんにうかがいました。

重曹生活のススメ

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ナチュラル生活研究家 岩尾明子さんに聞く 重曹生活のススメ

『重曹生活のススメ』を出版され、重曹の普及で活躍されている岩尾明子さん。2011年7月、『シリンゴル重曹』を提供していただいている天外天、木曽路物産株式会社、鹿野正春社長とともに、シリンゴル現地を訪問。その際、道中で、お話しをお伺いしました。
 
 
それはいつごろのお話しですか?
1998年です。
98年に翻訳書を出して、それから数か月後にインターネットでの情報交換を始めました。
ちょうどそのころはインターネットの黎明期。その頃に、情報交換を始められたのは幸いだったと思います。
重曹が、こういうところで、こういう名前で売っているとか、あっちでは、石けんがこういうふうな売られ方で出ていたよとか、お酢の使い方がよくわからないんだけど教えてとか。経験を積んでいる人が、重曹を使い始めようとしている人に教えてあげたり。初期のころは、ずいぶん電子掲示板が役に立ちました。
私が始めた当時は、自分から情報を発信している人たちが中心となってパソコンで情報を交換していた時期でした。ある意味、研究心旺盛なパイオニアがたくさん集っていた時期。おもしろい時代でした。
 
 
どのような方々が重曹を愛用しているのでしょうか?
一番最初にこういう生活のしかたがあるというのを知って飛びついていらしたのは、アレルギーで悩んでいる方々でしたね。子どもがアトピーとか、主婦湿疹がひどいとか、化学物質過敏症だとか。
アレルギーは、だいたい複合汚染だといわれます。いろんな添加物や合成化学物質の影響で、身体の免疫やホルモンが乱れてしまっていて、それで、自己免疫過敏になったり、抵抗力を消失したり、いろんなことが起こる。それをひとつの結果から、たったひとつの何かが犯人だと決めつけることはできない。だから、それまでの生活のしかたを少しづつ、地道に変えていくしかないんです。
台所洗剤の、○○という製品をやめて、××という製品にすればいいとか、そういう問題ではないんです。
方向性がまったく逆のものを使うしかない。
合成洗剤は、使えば使うほど、自分のまわりは、一見、きれいになったように見えるかもしれないけれども、世界中を汚してまわっている。
それを使うのか。
それとも、自分の身のまわりを浄化して、その後、世界に帰っていったときに世界も浄化する物質を使うのか。
汚染の芽をつぶしていくっていうのは、どっちの方向のものを使うのかという、大きな分かれ道に立つということです。
 
 
どっちかを選ばないといけないんでしょうか?両方使うというのは……
合成洗剤を含めて、そういう人工的なもので、自分の身のまわりだけ、一見きれいにしたように、一見便利になるように思ってする生活を送るということがひとつ。
もうひとつは、重曹をはじめとした自然素材を使うこと。大自然、地球が持っている浄化の原理ですよね。そういうものに従いながら、そういうもののなかで循環の輪の一部になって暮らそうとする生活。
このふたつは、たとえば、まったく違う方向に進もうとしているボートのようなものなんです。
両方とも使おうということは、ふたつのボートに片足ずつ足をつっこんでいるようなもので、いつかどっちかのボートに乗るしかなくなる。
だから、お使いになる時は、重曹をはじめとした自然物質を使った生活をするんだと思った時に、思い切って、ポンと乗り込んでしまうのがコツですよっていうふうに伝えるんです。そうすると、自然に移行してきます。
最初は戸惑うことがあるかもしれませんけれども、だんだん、こういう生活をしていくうちに、変化を自覚します。
たとえば人工香料に鼻がマヒしていて、まったく感じなかった自然のにおいを感じとれる能力が復活してきたり、あるいは、何となく気持ちが悪いという感覚、それは何かの汚染に触れているんですけれども、そういうものの感覚を取り戻していく。
生命力の質が上がる、生きている人間の、動物としてのセンサーが、だんだん自然に戻ってくるという感じなんです。何々は危ないぞっていう感覚も研ぎすまされるし、これは気持ちいいっていう感覚も、次第に、よくわかるようになってくるはずです。
 
 
重曹をきっかけに、自然に戻っていく生活。それを求めていくと、その先では、都会で生活できなくなっちゃう?
いまの快適な生活を維持したままでも、自然なものにもっと戻りたいわけです。その時、キーとなるツールなんですね、重曹は。
自然な生活って、別に、トレッキングシューズをはいて、山に登らないとできないということじゃないし、原始時代に戻るという意味でもありません。誰も、洞穴に戻りたい人はいません。
近代化された家に住んで、最新鋭のパソコンを使いながら、でも、生活まわりは自然にしたいわけです。それにそぐうもの。そういう新しい生活スタイルが重曹生活から始められる。
大都会のなかでも、大自然の循環の輪のなかに入る生活はできるということなんです。
私たちが目指しているのはそれです。実際にそれを目指して研究し、そういうような方向で、関心を持ってくださる新しい方々に啓蒙しているつもりです。
 
 
田舎に還ろうということではなく、都会の中で、自然な生活を目指そうということですか?
田舎に知り合いがいたり、田舎に土地があるのは、とてもいいことだと思う。
自分たちのグループのなかで、二面、三面と、いろんなフェーズを育てていけばいい。あるいは最先端の知恵や工夫を積み重ねていけばいい。大事な部分を忘れなければ大丈夫ではないでしょうか。
田舎に引きこもって、いわばかなり閉じられた集団の中で、唯々諾々と生きていきたいわけじゃない。
都会化されたところに出ていった人っていうのは、自分で自分の生活を組み立てています。ある種の市民としての自己決定権を得たことで、自由になった。それを失いたくないわけですから、田舎に帰るんじゃなくって、田舎も都会もある。そういう生活ですよね。
だからチャンスがあったら土地を預かりましょうと申し上げています。それはすごいことですから。土地があれば、自分の家で出た生ゴミも土に還すチャンスがより増えるのです。
そうやって、どんどん「輪」を完全なものに近づけていくことが大事なんです。畑があればいい? そういうことじゃないと思うんです。それをおいしく食べて、あらたな和食のレシピを生み出すような、そういう文化の最先端のようなことも必要。
自然の素材と人間の工夫のどちらも大事。両方あって「輪」になるのではないでしょうか。
 
 
重曹をきっかけにして、自然の「輪」を意識するということ……
これまでの、いわゆる市民運動って、どうしても、ひとつ運動やると、それだけに集中していってしまう。
ゴミゼロ運動とか。別にゴミゼロがいけないって言っているわけではないんですよ。
集中していってしまうっていうことに疑問を感じるんです。
牛乳パック集めると、それだけになっちゃう。牛乳パックを集めるのもいいことです。それも、「輪」になるための、大事なことなんですけれども、じゃ、牛乳パックをどうやって洗っているのか? とか、エネルギーはどうやって得ているの? とか、そういうことからはじめて、全部、問い直していくこと、その最初の土台になりう重曹を使ってみることで体験できることというのは、地球の浄化の原理そのものですから、実はあらゆる生き物がその輪に関わっている。なにかひとつに集中するのではなく、いろんなことに思いを馳せるきっかけになっていくのではないかと考えます。
 
 
イメージすること、考えることが大切ですね。
家に帰る時、重曹を一袋持って帰れば、循環の「輪」に入る生活の、最初のきっかけができるわけです。
それで汚れを落としてみる。そうすれば、汚れとしてそこにくっついていたものが水に乗って流れていって、つぎの生き物のエサになるはずですよね。
それがいままでできなかった。もし、重曹ではなく洗剤でこすったら、流れていった先でつぎの生き物を殺してしまう。汚れが次の食べ物になるんのではなく。そういう生活だったわけです。それが、180度変わるということを実体験してもらう。その気持ち良さ、気楽さ。漬物石のようなものが頭から取れたような爽やかさ。これを知ってもらったら、つぎに目がいくんじゃないかな。
アトピーだから、私は、こんなに苦労して、食事に気をつければならない……
そうではなくて、何が原因でアトピーになっていったかということまで全部、振り返っていける。それも気持ちよく。
もう、自然に逆らって無理をすることは必要ないんだと。どんどん、私の身体は、あるいは、自分の子どもの身体は、浄化される方向にあるんだと。これを続けていけば、この方向に間違いはないんだと自信をもって思えるはずです。なぜなら、それは、この地球の原理と同じなのですから。それがいちばん大事なことなのです。
 
 
重曹生活って、イマジネーションが求められることでもありますよね。
そうです。人間にしかできないこと。重曹も人間にしか使えない。
だって、もともと身体のなかにも、モンゴルの平原の下にもあるけれども、動物には使うことができない。
生き物の体のなかで重曹は勝手に反応しているし、大自然のなかでも重曹は勝手に作られている。取り出して、精製して、利用できるのは人間だけ。都会のまんなかでも、重曹を自然に沿うような形で使えるのは、人間だけです。
人間の知恵というのは、そのためにあると思っています。
へんなものを作り出して、へんなふうに世の中を汚していくためにある知恵は、ほんとうの知恵ではないと思う。
 
 
イマジネーションが必要。それから情報交換も必要なのでしょうか?
自分一人だと自信がなくなるんですよ。
こんなことをやっている自分は、ものすごい、変わりものだと思うかもしれない。
昔は、口コミというか、隣近所の人がどうしている、というような情報しかなかったから、確かに、向こう三軒両隣のなかでは、ものすごく変わりものだったかもしれない、そういう生活をする人は。
でもいまでは、インターネットで、「重曹生活」って一言入れていただければ、いくらでも仲間がいます。
 
 
どうやって使ったらいいのかっていうことも、そういう情報交換の場で知恵を得て、かつ、自分で工夫しながら使っていけばいいんでしょうか?
原理的なことっていうのは、生物とか、化学とか、そういうことは、知っている人に聞いたり、本をひも解いてみたり、昔からある文献を見てみたり。そうすれば、ある程度目鼻がつきます。この方向で使っていけば、たぶん、使えるなという予想が立てられる。そんなむつかしい科学じゃないですから。
重曹生活に必要な生活科学というのは、いわば19世紀の科学です。普通の、いまの小中学校の子どもでも理解できるぐらいの、そんなにむつかしいことではない。
それに、自然で安全な素材に触れ、体感していくことで、その人の経験値がどんどん上がっていく。すると、だんだん、こういうふうにも使えるかもしれない、って思いつくようになる。ひょこっとアイデアが出るようになるんです。
そうやって使ってみると、なるほど、これは消臭剤の代わりになる、とか、食器洗い専用洗剤はいらないなとか、たくさん、思いついていく。
広がっていくんですね。
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